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「チバニアン」正式決定 会見詳細

地球の歴史を刻む地質年代の一つに、日本の地名にちなんだ「チバニアン」(千葉時代)の名前がつくことが17日、正式に決まった。日本が初めて時代区分の世界標準を担う画期的な成果となった。
 地質学は地層や岩石、化石などを調べて地球の歴史を探る学問で、気候変動の将来予測にも貢献する。研究に欠かせない時代区分が地質年代だ。ジュラ紀や白亜紀などが有名だが、小さな区分は名称が決まっていないものがあり、今回の年代もその一つだった。
 各年代を特徴づける地層(基準地)は「地質学のメートル原器」と呼ばれ、世界で1カ所だけ選ばれる。この場所の科学的なデータが、世界各地の地層の年代を特定するのに使われるからだ。
 チバニアンは77万4千年前から12万9千年前の年代を指す。氷河期と温暖な間氷期が繰り返され、大型哺乳類のマンモスが生息し、現生人類のホモ・サピエンスが出現した時代とされる。今後は各国の科学者が千葉県の地層を基準に、この年代の研究を進めることになり、日本が地質学の発展に大きく貢献する。
 地質学は欧州で発展してきた学問で、今でも欧米が世界をリードする。中でもイタリアは波が穏やかな内海の地中海に面し、海底に土砂などが安定して積もって地層ができるため研究に有利で、これまで多くの年代名を決めてきた実績を誇る。
 これに対し日本は、波が荒い大洋に面している上、地殻変動が活発で地層が崩れやすく、年代名を決める成果を出しにくいハンディを負っていた。
 チバニアンの1次審査では「地質学大国」のイタリアが自国の地層を基準地とするよう主張し、激しく争った。日本はこの年代を特徴づける地磁気の逆転現象の痕跡が地層に明確に残っていることなどを緻密な分析で示し、イタリアを退けた。欧州中心だった地質学の視点を日本列島に振り向ける重要な節目ともなった。
 審査の過程では、チバニアンの承認を妨げようとする国内の反対者の対応にも追われた。研究者が地層に立ち入れないようにする動きに対し、地元の市原市が条例を制定して解決に協力するなど、科学者と自治体が結束して乗り切った。
 地磁気の逆転現象は、京都帝国大教授だった松山基範(もとのり)博士が昭和4年に世界で初めて発見した。その偉業をたたえ、最後に地磁気が逆転していた時代は「松山逆磁極期」と呼ばれる。この時代の終わりが偶然にもチバニアンの始まりに当たっており、日本の地質学の歩みを継承する形となった。
 日本が基礎科学の分野で国際標準を勝ち取ったのは、平成27年に認定された新元素「ニホニウム」に続く快挙。地震などの自然災害が多い日本にとって重要な学問でありがなら、実利に乏しく注目されにくい地学への関心を高める契機にもなりそうだ。(草下健夫)

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疾走見守る「赤れんが」 東京五輪・札幌マラソンコース

大きな写真と記事はこちら→https://www.sankei.com/photo/story/news/200119/sty2001190002-n1.html
 東京五輪のマラソン競技が、選手の暑さ対策のため札幌開催となったのは昨年11月。翌月、曲折を経て約20キロの大きいループを1周、約10キロの小さいループを2周するコースが決まった。
 昨年9月には東京開催を前提に本番コースで代表選手を選出するなど準備を進めてきた。大声援の新しい国立競技場に戻ってくるランナーの姿を期待した人が多かっただろうが、かなわぬことに。
 では、選手たちはどんな舞台で戦うのか。フルマラソンを2時間20分台で完走した経験もある記者が、札幌コースを実際に走ってみた。

 大通公園をスタート、フィニッシュとし、繁華街のすすきの駅周辺、北海道大学の並木道やクラーク博士像前も通過する。コース南端にあたる約7キロから8キロ地点で10メートルほど上る勾配が足にこたえると感じた以外に大きなアップダウンはなく、全体的に平坦(へいたん)で負荷の少ないコースの印象だ。ただ、雪不足でアスファルトが露出していたため、チェーンなどで傷ついたボコボコの路面と、北大構内で急なカーブが多く道が狭いことが気になった。
 国の重要文化財指定の北海道庁旧本庁舎前はコースのハイライトとなるだろう。「赤れんが」で親しまれる市民の憩いの場で選手を3度応援することができる。北国の雪が溶け、緑が芽吹いたころ、コースの準備は本格化する。 (写真報道局 桐山弘太)

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「チバニアン」正式決定 日本初 地球氏を区分する地質年代に

地球の歴史を刻む地質年代の一つに、日本の地名にちなんだ「チバニアン」(千葉時代)の名前がつくことが17日、正式に決まった。日本が初めて時代区分の世界標準を担う画期的な成果となった。
 地質学は地層や岩石、化石などを調べて地球の歴史を探る学問で、気候変動の将来予測にも貢献する。研究に欠かせない時代区分が地質年代だ。ジュラ紀や白亜紀などが有名だが、小さな区分は名称が決まっていないものがあり、今回の年代もその一つだった。
 各年代を特徴づける地層(基準地)は「地質学のメートル原器」と呼ばれ、世界で1カ所だけ選ばれる。この場所の科学的なデータが、世界各地の地層の年代を特定するのに使われるからだ。
 チバニアンは77万4千年前から12万9千年前の年代を指す。氷河期と温暖な間氷期が繰り返され、大型哺乳類のマンモスが生息し、現生人類のホモ・サピエンスが出現した時代とされる。今後は各国の科学者が千葉県の地層を基準に、この年代の研究を進めることになり、日本が地質学の発展に大きく貢献する。
 地質学は欧州で発展してきた学問で、今でも欧米が世界をリードする。中でもイタリアは波が穏やかな内海の地中海に面し、海底に土砂などが安定して積もって地層ができるため研究に有利で、これまで多くの年代名を決めてきた実績を誇る。
 これに対し日本は、波が荒い大洋に面している上、地殻変動が活発で地層が崩れやすく、年代名を決める成果を出しにくいハンディを負っていた。
 チバニアンの1次審査では「地質学大国」のイタリアが自国の地層を基準地とするよう主張し、激しく争った。日本はこの年代を特徴づける地磁気の逆転現象の痕跡が地層に明確に残っていることなどを緻密な分析で示し、イタリアを退けた。欧州中心だった地質学の視点を日本列島に振り向ける重要な節目ともなった。
 審査の過程では、チバニアンの承認を妨げようとする国内の反対者の対応にも追われた。研究者が地層に立ち入れないようにする動きに対し、地元の市原市が条例を制定して解決に協力するなど、科学者と自治体が結束して乗り切った。
 地磁気の逆転現象は、京都帝国大教授だった松山基範(もとのり)博士が昭和4年に世界で初めて発見した。その偉業をたたえ、最後に地磁気が逆転していた時代は「松山逆磁極期」と呼ばれる。この時代の終わりが偶然にもチバニアンの始まりに当たっており、日本の地質学の歩みを継承する形となった。
 日本が基礎科学の分野で国際標準を勝ち取ったのは、平成27年に認定された新元素「ニホニウム」に続く快挙。地震などの自然災害が多い日本にとって重要な学問でありがなら、実利に乏しく注目されにくい地学への関心を高める契機にもなりそうだ。(草下健夫)